進化と発生の間にはどのような法則が存在するのか?

多種多様な姿を見せる脊椎動物は、二つの意味において、単一の細胞から生まれました。
一つは進化です。太古の昔の単細胞生物が、数億年以上の時間の果てに、現在見られる様々な多細胞動物へと進化しました。
もう一つは発生です。動物の発生は、基本的に1つの受精卵から始まり、多くの細胞からなる複雑な体を作り上げます。

進化と発生は大きく異なる時間スケールの現象ですが、両者の間には何らかの関係性が存在することが昔から指摘されてきました(ヘッケルの反復説や発生砂時計モデルなど)。
そして現在でも、進化と発生の間にはどのような関係性や法則があるかは進化発生学の中心テーマの1つです。

進化と発生の関係性は、表現型の進化可能性や制約に関わる重要な問題ですが、未解明の謎が多く残されています。
私は共同研究者とともに、ゲノム・トランスクリプトーム・エピゲノム解析などのバイオインフォマティクスや分子生物学実験といった様々なアプローチを用いて、この問題に取り組んでいます。
特に脊椎動物の進化と発生に着目し、以下の研究テーマを進めています。

1. エピジェネティック制御における進化と発生の反復パターンとそのメカニズムの解明

脊椎動物の発生は、大人の姿のミニチュアがそのまま拡大するようには進行しません。
例えばマウスの個体発生を観察すると、 まず魚のような鰓が現れ、次に手足、その後に体毛が現れ、徐々にマウスらしい姿が明らかになっていきます。
この過程は、19世紀の動物学者エルンスト・ヘッケルの反復説のように、個体発生が進化を繰り返しているようにも見えますが、この認識は妥当なのでしょうか?

私たちは、脊椎動物の発生過程において読み出されるゲノムのエピジェネティクス情報を解析し、器官形成期以降では、進化的に古いゲノム領域が先に新しいゲノム領域が後に、順番に活性化されていく傾向 (反復傾向) があることを明らかにしました。
この結果は、エピジェネティック制御のレベルにおいて、進化と発生の間に反復パターンが存在することを示唆しています。
現在、私たちは、なぜ脊椎動物の発生過程は反復パターンを示すように進化してきたのか?そのメカニズムを研究しています。

参考文献

2. 発生過程において、なぜ器官形成期は強く保存されているのか?

魚類や両生類、爬虫類や哺乳類などに見られるように、脊椎動物は様々な環境に適応放散し多種多様な姿へと進化しました。
各生物種の姿は、受精卵から始まる発生過程が様々に変化することにより進化してきましたが、この発生過程は自由自在に変化してきたわけではありません。

発生過程の中でも器官形成期は、脊椎動物の進化の過程で特に保存されてきたことが近年の研究より明らかになっています。
しかし、なぜこの器官形成期は強く保存されてきたのか、そのメカニズムは未だわかっていません。

私たちは、これまでに遺伝子の使い回しから生じる拘束 (遺伝子発現の多面拘束) が、器官形成期の進化的保存に関わっていることを明らかにしてきました。
現在、さらに器官形成期の進化的保存のメカニズムを調べることに加えて、器官形成期の進化的保存がどのような形態レベルの保存をもたらしているか?また、器官形成期を変化させずに、どのように発生初期は多様化できたのか?について研究を進めています。

参考文献

3. エピジェネティック制御の反復パターンと遺伝子発現の発生砂時計モデルの統合と実験的検証

進化と発生はどのように定式化できるのでしょうか?
私たちはこれまでに、遺伝子発現情報の比較解析から発生砂時計モデルを支持する結果を得てきました。
一方で、エピジェネティック情報を解析したところ、発生後期には反復パターンが見られることが明らかになりました。

「発生砂時計モデル」と「反復パターン」は矛盾するものでは有りません。
しかし、お互いがどのようなに関係しているのかは、明らかになっていません。

私たちは、これら二者を統合するモデルを提唱しましたが、まだ実験的に検証されていません。
現在、提唱したモデルの検証に挑むとともに、その背後にある仕組みの解明を目指しています。

参考文献